はじめに

このブログはNPOちいおりトラストのメンバーが書いているものですが、あくまで個人のブログです。 ちいおりトラストとしてのブログではありません。 一応気を付けてはいますが、もし誰かの気分を害したりするようなことを書いてしまった場合、苦情などは僕個人に対して発してください。 
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一応祖谷の自然に関して書いていくつもりだけど、けっこうそれ以外も・・・ 
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2011年4月4日月曜日

考察

人の管理下で存続していた環境、茅場や草原、を保護するという考え方には違和感を感じる人は多いと思う。 人が手を入れなくなって森に変わっていく、と聞くと自然に戻るという意味にも取れるしその解釈も間違いではない。 自然に戻るのであればむしろ良いことなのではないか、なぜ人が弄って変えた環境を保護するのか? 

多くの場合、「自然」という言葉は「人工」や「人為的」なものと相対するものと思われている。 人の手の入っていないものが自然であり、自然を保護するというのはつまり人が手を引くということだと思われるのが一般的だろう。 でも実際には、人は地球上のほぼ全ての地域で最低でも数千年は存在し、確実に周囲の環境に影響を与えてきた。 言ってしまえば人も自然の一部として存在していたし、また人の影響を受けていないものを自然と言うのであれば地球上に「自然」は無いと言ってもほぼ間違いではない。 そのことの良し悪しは置いておいて、今になって人がその影響を無くすということは、それ自体が自然を変えるという行為になる。 ちょっと乱暴な例えであれば、国際社会が他国に介入するのは良くないと考えて突然PKOを引き上げるような行為は、結局介入されている国が振り回されていることに変わりはないのと同じような感じか。 

「人」が「自然」と相対するもの、「人」は「自然」とは区別できるもの、と考えることのほうが、人の都合に合わせて自然を管理することよりも人間の傲慢であるとも言える。 もちろん人が手を入れないというのも一つの自然の管理の方法ではあるが、それも人の「管理」であることには変わりない。 結局どう動いても人間は自然に影響を与えるし、「管理」していくしかない。 ではどういった管理を行っていくべきなのか、どういった自然を求めていくべきなのか? この疑問に対する答えは皆で考えていくしかない。 皆で考えたその先に草原の保護があるかどうか、あるべきかどうかは僕にはわからない。 でもあってもいいと僕は考える。

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